さて、無知であることは何も悪であると決めつけられるわけではない。
しかしながら、知を欲することは無知であることの前提であるとも言えよう。
幾分、理解するのに時間を要した。
と、それなりの言葉で返しておこうと思うが正直今でも理解しかねているので、とりあえずこの時期が過ぎたら飲みましょう。
この同人誌の作者は哲学が好きなものだと考えていたが、こんな言葉がすらすら出てくるほどの大層な者であるようなオーラは感じさせないのだ。
目の前にいるのは部屋にこもりきっているような仙人な文豪でも、アニメに出てくるイケイケな高校生ラノベ作家でもなく、ただの大学生なのだ。それも文学部かと問えば、農学部という始末である。なおさら意味不明だ。
さて、正直な話、したこともない恋愛を校正している身にもなれば、何を証拠とすればよいのかも分からない。ましてや、女の子同士の恋愛を描く百合ともなれば、そもそも校正担当者は男であるから縁すらもない。それでも2年間は小銭稼ぎが出来ているのだから、やはりこの界隈は謎めいているのである。
件の合同誌に載せるというので、なぜか高尾山に呼び出された。校正担当者がちょくちょくとツイートしていたオリエンテーリングを題材にしたいというのだ。百合でオリエンテーリングなんて、覚め病まぬ流行りのゆるキャンに触発されたのか。いやいや、むしろ感謝の極みで、ありがとうありがとうと唱えながら完成品を毎日拝んでいる。
パーマネントコースの地図は持っていなかったのだが、国土地理院の地図にコントロール位置を落とし込んだお手製イカマップで数時間かけて巡る「はじめてのおりえんてーりんぐ」を手に携えいざ行かん。
…と意気込んだのはいいものの、「はじめて」ではなかったらしい。名前をマジックで「はじめてのn番煎じのおりえんてーりんぐ」と変えてみては、まずは稲荷山コースから攻めることにする。
道中はコミュニケーションが苦手な校正担当者でさえ、話が弾む。作者が言うに、
「小学校の時にやったことあるんですよね」
「林間学校で、山の中にチェックポイントがあって、そこまで班で考えていきましょうとか」
作者の学校だけなのかと思うと、高校・大学の友人も「知ってる」「やったことある」というのである。もちろん人数は片手で数えられるほどだが。
確かに校正担当者も大学入学時のオリエンテーションで自己紹介した時に、オラオラ系の先輩から「あー、知ってる!あれやろ、登山みたいなやつ」とリアクションをもらったことがある。ちなみにその先輩のLINEアカウントを持っていたが、特段関わるようなこともないのでブロックしている。
分かったこと①
オリエンテーリングをやったことある・知っている人は意外と多い
さらに言えば、その林間学校のオリエンテーリングも、当時30代の先生が子供の時に体験したオリエンテーリングを懐かしく感じ企画したそうなのだ。先生の自分語りが炸裂していたそうだが、聞いているだけでなぜかわくわくする感じがしたという。
ちなみに作者自身も懐かしさを感じているようで、仲良しグループで回ったことも加味されているのか、もう一度あの時のグループでやってみたいね、とも話していた。
いや、あなたまだそんなに過去に浸れる年齢ではないでしょうに…。たかだか、8年も前の話ですよ。人生100年としても、まだ1/5も生きていないでしょう。
分かったこと②
オリエンテーリングが当時の同級生との思い出になっている
ところで誤解を解くため、今回の高尾山での体験は競技オリエンテーリングではないことを明記しておこう。完成品に載せられたのも、パーマネントコースをゆったり巡るエンジョイオリエンテーリングなのだ。一応、競技の方もイメージさせておこうと校正担当者の手番で少し語ってみた。
「…森とか公園を走っててね…」
「…一番早い記録を出したら勝ちで…」
「…中は結構バチバチに走ってて…」
手番が終わればお決まりのリアクションタイムで、というかコミュニケーションってそういうキャッチボールなのだが、作者からこぼれたのは
「森は小学校の時にやったことありますけど、オリエンテーリングって走るスポーツなんですね」
稲荷山コースで最初に見つけたコントロールは少し隠れていて、場所としては案外目立たないのだが立派に根を張っている。分かったこと③
オリエンテーリングが「走る」「競技」だと認識されていない
ピンパンチが付いていたかまでは覚えていないのだが、それでも白と赤のあのフラッグとアルファベットが書いてあるのは確認した。パーマネントコースに設置されているのは競技で使われるテトロン製・ビニール製のものではなく、がっちりと金属で作られた設置型のものだ。若干の錆びは見られるが、たしか高尾山のコースは都協会内クラブが持ち回りで管理していたはずだ。
だから設置されてから時間が経っても、しっかりとその存在を確認することが出来る。
「競技の方も、この赤白の四角形のやつなんですか?」
「そうそう、実際は白とオレンジが多いかな。それに折りたためるようになっててね」
写真を見せながら説明をする。フラッグってこんなやつだよー、とか。
今回は簡単なデフに、辿り着いたら〇を書いていく方式を採用したが、EMITだったり、Siだったり、そういう計測機器が置いてあって、Suicaみたいなカードをタッチすると記録されるんだよー、とか。
「あの時はシールが置いてあって、それを地図に貼っていく感じでしたね」
「結構アナログな感じだと思ってたけど、案外自動化されてて進んでいるんですね」
分かったこと④
すごいアナログなスポーツだと思われている
コントロールを1つ取って、しかしまだまだ登り続ける。
「オリエンテーリングって、ほぼ毎週末大会があるんですよ」
orienteering.comを見れば分かる通り、オリエンテーリングって実はめちゃくちゃ大会がある。校正担当者はこれまでいろいろなスポーツをやってきたので分かるのだが、正直に言おう。こんなに大会があるのは異常である。この点については作者も「えぇー!」と驚いていて、
「それって全部走るやつなんですか?」
と聞かれたので「はい」と答えた。
週末にスプリントの大会があったのを確認し、おすすめしてみたのだが
「いや、走るのはちょっと…なんか競うっていうか、わいわい楽しめる感じの、ハイキングみたいな」
なるほど、つまりは徒歩OLである。よく考えれば日本初のオリエンテーリング大会は、ここ高尾山で開催された徒歩ラリーである。1966年6月のことだ。
(参照:日本オリエンテーリング協会)
ランニング系の競技オリエンテーリングをオリエンティアはいの一番に想起してしまうが、世間的な目で見ればハイキング系のエンジョイオリエンテーリングという意識が浸透していて、大会は多くあれど参加したいとは思わせないのかもしれない。
「徒歩オリエンテーリングって、名前はなんかダサいですけど笑」
「でも当時の林間学校みたいなテンションで出来る大会があるなら、小学校の同級生とやってみたいですね」
分かったこと⑤
徒歩オリエンテーリング大会も実は需要がありそう
競技者人口も3000人くらいの小さな世界で、それでも年に4部門の全日本大会があって、毎週末何かしらの大会があって、地域クラブも大学クラブもあって、普通にその辺のクラブが気軽に大会開いてる、なんて話をしてみた。
「人数に対して、盛り上がっているんですね~」
「テレビとかでも見ないし、正直ローカルなものだと思ってたので。検索して初めて全国規模って分かったというか」
分かったこと⑥
極端に外部への露出が少ない
その後も順調にコントロールを巡りながら、おやつの時間には高尾山口駅に降りてきて温泉につかり、お食事処でプロットを詰めたりしていた。ちなみにこの作者、とんでもなく締切を伸ばしてきやがったこと以外は初校の返しで終わったので、まぁ優秀なんだと思いたい。
取材の大切さも感じたのだが、それ以上に競技オリエンテーリングをやってきた校正担当者にとっては刺激的な一日だった。
これ以上のことも話したし、分かったことも他にあるはずだが、時間が過ぎて忘れてしまっている部分が多く、これくらいしか書けない。
ところで回想の部分って、大方ノンフィクションですよね。これでフィクションと言われたら「嘘だ」と言ってしまいそうになるんです。
答え合わせをいつかしてみたいものです。
Advent Calendar 2020
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